古伊万里のロマンと悲劇
プロジェクト発起人・代表 保科眞智子
ウィーンから北に60キロ、ロースドルフ城はまるで中世の絵画にみるような、美しくのどかな田園地帯に佇んでいます。周囲には一面のフェンネル畑が香り豊かに広がり、近隣は古くからワインの生産地としても有名で、初めて訪れた時もどこか懐かしい雰囲気を感じました。中央ヨーロッパの辺境の要塞として1000年の歴史を誇る可憐な古城に、300年前、日本の港から出航した古伊万里が、果たしてどのようにして辿り着いたのか。誰が、どんな思いで蒐集し、彼の地にてどのように受け入れられたのか。まるで小説のような壮大なストーリーに、ロマンは尽きません。
第二次大戦後の混乱期に、城にあった調度品はことごとく破壊されました。おびただしい数の陶片の存在をはじめて知った時、私はその無残な姿に言葉にならない哀しみを覚え、古城の醸しだす優雅ささえ切なく思えるほどでした。さらに、現地にて陶片を継ぎ合わせる作業中には、古伊万里の花瓶に銃弾が貫通した痕跡を見つけ、 背筋が凍る思いがしました。美術品が人間のさまざまな感情や欲望を露わにすることに気づき、胸が熱くなった感覚はいまも忘れられません。城内の美術館を訪れる人は、陶片をとおして、戦争の愚かさと平和の尊さについて考えさせられます。これまで人知れず陶片コレクションを守ってきた城主の静かな訴えを、私も確かに受け取った気がしました。
プロジェクトの目指すところ
城主のピアッティ家は、栄枯盛衰のハプスブルク王家の血族でもあります。城主一族の歴史と陶片の数奇な運命を紐とくことで、物語はさらに深まっていきます。 近代ヨーロッパの王侯貴族を魅了した、世界最高峰の日本のやきもの。その中でも、門外不出だったロースドルフ城のコレクションを、元の美しい姿に蘇らせることで、歴史的に価値の高い古伊万里を鑑賞することができます。陶片資料には古伊万里以外にも、中国の景徳鎮窯、ヨーロッパのマイセン窯やウィーン磁器工房(アウガルテンの前身)など多くの貴重なやきものが発見され、東西の陶磁器が互いに影響しあった歴史を垣間見ることもできます。そして、いわゆる19世紀後期のジャポニスムの時代より200年も前に、古伊万里を通して、ヨーロッパの王侯貴族たちが日本の美学に熱狂していた証を辿ることもできるのです。
また、人為的に破壊された陶片と出会うことは、憎悪と暴力の結果を目の当たりにする体験となり、特に私のような、戦争を知らない世代には強烈なメッセージとなるでしょう。このようなことを二度と起こさないためにも、学術的な調査および修復をすすめ、国内外にて展覧会を開催し、多くの方にご覧いただくことで平和な未来へのアクションにしたいと考えています。
古伊万里再生プロジェクトは、これらの実現を目指しています。皆様のあたたかなご支援を、どうぞ宜しくお願い致します。
プロジェクト発起人・代表:保科眞智子
茶道家。裏千家教授。茶の湯と日本文化の魅力を国際的に伝える茶蓮主宰。著書『英語DE茶の湯 こんなとき、どうする?!』(2018, 淡交社)、『そのままあるがまま as it is 暮らしにお茶を。』(2021, 光村推古書院)。大使館、サミット、教育機関等にて茶会を多数開催、延べ1万人が体験。次世代への文化継承、後進の育成のほか、茶の湯文化による社会課題の解決をテーマに研究と実践に取り組む。慶應義塾大学文学部人間関係学科人間科学専攻卒。東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科研究生。国際茶道文化協会講師。上智大学非常勤講師。生家は旧大名家、旧子爵家。会津藩祖保科正之末裔。北白川宮能久親王玄孫。16代徳川家達玄孫。東京都在住、三児の母。ウェブサイト https://charen.tokyo/ja/